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卑弥呼が魏から得た「親魏倭王」の称号は「親魏大月氏王」に倣ったものである

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『魏志』倭人伝の「(帯方)郡自(よ)り女王国に至るには万二千余里」は、魏の都の洛陽から大月氏国までの里程「一万六千三百七十里」を意識したものである

 そして、『後漢書』西域伝にみえる大月氏国の首都と洛陽との間の距離「一万六千三百七十里」が極めて正確であることが非公式に確認できる。公式には2倍した距離を記しているが・・。後で詳述。
 このことに気付けば、『魏志』倭人伝は邪馬台国の所在地を極めて正確に記録していると考えなければならない。もっとも,『魏志』倭人伝の行程記事は、誇張・虚構を交えた独特の筆法で書かれてはいるが・・。非公式には、極めて正確に記録しているのである。本稿はこれを明らかにするものである。
 石渡信一郎著 新訂邪馬台国の都吉野ヶ里遺跡 より引用。

『後漢書』西域伝にみえる、洛陽~大月氏国の里数は16370里

 クシャン王国は「大月氏国(だいげっしこく)」と呼ばれ、その都の「藍氏城(らんしじょう)」は、洛陽を去ること16370里、戸数は10万だと言っている。
 クシャン族は、この時代にはアフガニスタンのカーブルの近くのカーピシーに都を移し、アフガニスタン、カシミールからパキスタンまで支配していた。
 藍氏城は、その距離から見てカーピシーのことで、今のベグラムの遺跡である。

『魏志』倭人にみえる、洛陽から邪馬台国までの距離は17000里ほど

『魏志』倭人伝は、
  帯方郡から狗邪韓国までを 7千余里
  狗邪韓国から邪馬台国までを5千余里
  合計         1万2千余里としている。
『後漢書』の「郡国志」には、
  帯方郡は洛陽を去ること   5千里とある。
したがって、
 洛陽から邪馬台国までは  1万7千里ほどになり、
 洛陽から大月氏国の都までの1万6千370里とほぼ同じ距離になる。
ここにおいて、
 洛陽から邪馬台国までの  「1万7千里ほど」は、
 洛陽から大月氏国の都までの「1万6千370里」を意識して創り出された里 数であろうと推定される。
そして、
 大月氏国と女王国(邪馬台国)の2国を、洛陽から遠い「荒域」にあることに
 していたと考えられる。

洛陽から大月氏国と洛陽から邪馬台国までの距離をほぼ同じ里数とした、魏国の政治的思惑

 魏の明帝の太和3年(229年)に、大月氏国の波調王(ヴァースデーヴァ)が遣使朝貢して、明帝から「親魏大月氏王」に任命されており、大月氏国を朝貢させたのは、魏の基盤をつくった曹操の一族の曹真である。
 魏の宮廷は、238年に公孫淵を征伐し楽浪、帯方両群を支配下においていた公孫氏政権を滅ぼし、楽浪、帯方両群を魏の領土とし、魏の東方への直接の窓口を創った司馬懿にも大月氏国を朝貢させた曹真と同等の名誉を与えるために、なるべく遠くの酋長として、倭の邪馬台国の女王が選ばれ、大月氏国と同格の「親魏倭王」の呼称が卑弥呼に贈られた。

『後漢書』西域伝にみえる「一万六千三百七十里」という数字は、魏が洛陽と大月氏国の首都と間の距離を極めて正確に把握していたことを物語っている

洛陽から大月氏国の王都の藍氏城=ベグラム遺跡までの距離は約3929km

 私は、樋口隆康の『アフガニスタン』(2003年)や前田耕作の『玄奘三蔵』(2010)などで、大月氏国(クシャン王朝)の王都の藍氏城=ベグラム遺跡の状況を確認した。
 ベグラム遺跡には旧都城跡と新都城跡があるが、ヴァースデーヴァ(波調王。在位203年~241年)は、新都城を夏の都城としていた大月氏国(クシャン王朝)の最後の王とみられる。
 衛星地図でベグラム遺跡の新都城跡南辺中央部(国威34度 59’33”。東経69度 18’43”)から洛陽(漢魏洛陽城址。北緯34度43’37”。東経112度37’21”)までの直線距離を計測してみたところ、約3929kmであった。
 

1里は480mとすると、3929kmは8195.4里、これを2倍すると1万6370里「一万六千3百七十里」

3929kmを16370里で割ったところ、1里=240.01mであった。1里=240mという短里は魏時代には使用されていないので1里=480mとすると、3929kmは8195.4里となった。
 8195.4里を2倍すると1万6370里となり、問題の「一万六千3百七十里」と完全に一致する。
 つまり、洛陽から大月氏国までの距離「一万六千3百七十里」は、1里=約480mとして計測した直線距離の里数8195里(3929km)を、大月氏の王都バグラムが洛陽から遠方の西戒の地にあることを誇張するために2倍した里数なのである。

1里は480mについては

 東潮が、『邪馬台国の考古学 魏志倭人伝が語る世界』(23頁)に示した「東夷伝里程表」によると、「吉林(夫預餘東団山城)~佳木斯(挹婁滾兎嶺土城)」間の「東夷伝里数」は「一千余里」で「衛星による直線距離」は「480km」だから、1里=480mになる。
ちなみに、
 井上光貞が『日本の歴史1 神話から歴史へ』(1973年。237頁)で、榎一雄が1日の歩行を50里(約24km)として書いており、50里=24kmとすると、一里=約480mとなる。
 石渡信一郎著 新訂邪馬台国の都吉野ヶ里遺跡 より引用。

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